概要で触れた、フンボルトの功と罪。は、言語を構造の型で捉える類型論を切り開いたこと。は、その型に暗黙の序列をつけたことだ。

1. 四つの構造の型

「文法関係」をどう示すか 孤立語:関係は別の語と語順で(中国語) 我 / 看 / 書 ——語は変化しない 膠着語:関係はくっつく接辞で(トルコ語・日本語) ev-ler-im-de(家-複数-私の-に)——接辞が数珠つなぎ 屈折語:関係は語幹の内部変化と融合した語尾で(サンスクリット・ラテン語) amō / amās / amat——一つの語尾が人称・数・時制をまとめて担う 抱合語:文の要素が一語に融合(ナワトル語ほか)
フンボルトの基準は「文法関係をどれだけ緊密に語へ織り込むか」。四つの型はその度合いの違い。図:L/LAB

フンボルトは、諸言語を文法関係の示し方で四つに分けた。孤立語(中国語)は語を変化させず、関係を語順と機能語で示す。膠着語(トルコ語、日本語)は意味のはっきりした接辞を語幹に次々くっつける。屈折語(サンスクリット、ラテン語、ギリシャ語)は語幹の内部を変え、人称・数・時制などを融合した語尾一つで担わせる。抱合語(einverleibend、北米先住民語など)は文の諸要素を一語に抱きこむ。この四分類は、いまも形態類型論の基本語彙として使われている(ただし、純粋な型はまれで、多くの言語は混合型だ)。

2. 隠れた序列——屈折語を頂点に

孤立語 膠着語 抱合語 屈折語(サンスクリット) 「文法的形式を最も純粋に実現した型」=発達の頂点、という暗黙の前提
フンボルトは四類型を、文法的形式の実現度による「梯子」として読み、屈折語を頂点に置いた。図:L/LAB

問題はここからだ。フンボルトは、屈折語を「文法的形式(grammatische Form) を最も純粋に実現した型」とみなした。孤立語(中国語)については、形式が語の外にとどまり、内面化されていない、と評した(もっとも、中国語の簡潔さそのものは高く買っている——単純な優劣論ではない)。それでも全体として、四つの型は「文法的形式をどれだけ実現しているか」の梯子として読まれた。頂点はサンスクリット。

この見方は19世紀言語学に深く根を張る。アウグスト・シュライヒャーらは、これを言語の「進化」と結びつけ、「ラテン語・ギリシャ語型こそ発達の到達点」という自民族中心の物語を強化した。さらに悪いことに、言語の「発達段階」は、話者集団の「知的発達段階」の指標として読み替えられ、人種思想に養分を与えた。

3. サピアによる解体

序列(梯子) 上=「進んだ」言語 複数軸の平らな空間 融合度 総合度 上下も優劣もない。どの言語もどこかに位置するだけ。
サピア以降、類型論は「一本の梯子」から「複数の独立した軸からなる、優劣のない空間」へ。図:L/LAB

エドワード・サピアは『言語』第6章で、この序列を正面から否定した。彼の一撃——

A linguist that insists on talking about the Latin type of morphology as though it were necessarily the high-water mark of linguistic development is like the zoologist that sees in the organic world a huge conspiracy to evolve the race-horse or the Jersey cow.

ラテン語型の形態を、あたかも言語発達の最高水位であるかのように語り続ける言語学者は、有機界を、サラブレッドやジャージー牛を進化させるための巨大な陰謀と見なす動物学者と同じだ。(第6章。英文はサピア原文、日本語は L/LAB 訳)

サピアにとって、あらゆる言語は等しく「形式言語」であり、単純な言語も複雑な言語もどんな文化段階にも現れる。彼は類型を一本の梯子から外し、複数の独立した尺度(技法:孤立/膠着/融合/象徴、総合度:分析的/総合的/多総合的、概念の種類)に分けた。優劣ではなく、位置。この方針は、20世紀後半のグリーンバーグの言語普遍性研究、そして『世界言語構造地図(WALS)』のような、標本にもとづく記述的・非評価的な類型論へ受け継がれる。

まとめ

フンボルト(1836)サピア以降
類型の枠孤立・膠着・屈折・抱合枠は継承(ただし混合型が常態)
型の並べ方文法的形式の実現度による「梯子」複数の独立した軸からなる平らな空間
頂点屈折語(サンスクリット)頂点はない
型と話者(後世の流用で)知的発達段階の指標に型は話者の知能と無関係

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フンボルト特集:概要エネルゲイア内的言語形式世界観有限の手段の無限の使用思考の器官・対話/本記事。