ヘルモゲネスの「何でもよい」を退けたソクラテスは、名前とは何をする道具なのかを問う。錐は穴をあける道具、梭(ひ)は織る道具。では名前は?
ὄνομα ἄρα διδασκαλικόν τί ἐστιν ὄργανον καὶ διακριτικὸν τῆς οὐσίας ὥσπερ κερκὶς ὑφάσματος. (A name, then, is a kind of teaching tool, one that divides being, as a shuttle divides a web. ギリシア語引用の日本語訳・英訳は L/LAB による。以下同じ。)
名前とは、教えるための道具であり、ものの在りかたを分ける道具だ——ちょうど梭が織物を分けるように。
名前は二つのことをする。教えることと、混じり合ったものごとを分けること。梭が縦糸と横糸を選り分けるように、名前は「これはこれ、あれはあれ」と存在を切り分ける。ここでソクラテスが道具の比喩を選んだのは偶然ではない。道具は、それを使ってなす仕事のためにある。梭は布を織るため、錐は穴をあけるため。とすれば名前も、それ自体が目的ではなく、何かをなすための手段だ——ものを教え、ものを見分けるという仕事のための。この見方は、名前を「対象に貼られたラベル」ではなく「対象を扱うための工具」として捉え直す。
誰が道具を作り、誰が使うか
名前を供給するのは慣習(νόμος)であり、その担い手をソクラテスは「立法者(νομοθέτης)」あるいは「名前の作り手(ὀνοματουργός)」と呼ぶ。
οὗτος δʼ ἐστίν, ὡς ἔοικεν, ὁ νομοθέτης, ὃς δὴ τῶν δημιουργῶν σπανιώτατος ἐν ἀνθρώποις γίγνεται.
それが立法者だ。人間のうちに現れる職人のなかで、最も稀な者である。
大工は「梭というもの」の形(εἶδος)を見つめ、その形を樫にも楓にも宿らせる。同じように立法者は「その名前が自然に向かうべき形」を見て、それを別々の音や音節に宿す。だから土地ごとに音は違ってよい——宿る形が同じなら。
そして、できた道具を誰が使い、良し悪しを判定するのか。梭を使うのは織り手、竪琴を使うのは奏者。名前を使うのは——問い、答える技を持つ者、すなわち弁証家だ。
νομοθέτου δέ γε, ὡς ἔοικεν, ὄνομα, ἐπιστάτην ἔχοντος διαλεκτικὸν ἄνδρα, εἰ μέλλει καλῶς ὀνόματα θήσεσθαι.
名前は立法者の仕事だ。ただし、うまく名を定めようとするなら、弁証家を監督者として持たねばならない。
なぜこの分業が効くのか
名づけを「立法者が作り、弁証家が判定する」と分けたことで、ソクラテスは名前の良し悪しを語れる土俵を用意した。道具には出来の良い悪いがある。だとすれば、下手に作られた名前もありうる——この含みが、対話の後半で自然説そのものへの批判に転じる(記事 041)。
ここまでで、ソクラテスはクラテュロスの側に一歩寄る。「名を定めるのは、あなたが思うほど安易な仕事ではないし、凡庸な者や行き当たりばったりの者の仕事でもない」。次の記事 039では、その「うまく作られた名前」の実例を、ソクラテス自身が大量に繰り出す。